- 口裂け女 -

 スーツ姿の才藤昌(さいとうしょう)は、路地を歩いていた。仕事に疲れて、帰途についていた。
 気の置けない友もおらず、癒してくれる彼女もいない。昌はため息をついた。
 背後から、3人の小学生たちが昌を追い抜いた。
「ランドセル置いて、早く遊ぼうぜ!」
 腕にバンドエイドを貼った短髪の少年が叫ぶ。
「おう! じゃ最後に公園に来たヤツがオニな」
 耳にピアスをつけた茶髪の少年がいう。
「よーし!」
 黒縁の丸メガネをかけた少年が応える。
 路地を曲がっていく3人を、昌は遠い目で見た。その顔には憧憬と憔悴がうかがえた。

 小学生3人は路地を曲がって走っていくと、向かいから歩いてくる女性の姿に気づいた。女性は黒く長い髪で、耳元まで覆うほどの大きなマスクをつけていた。
 女性は3人の前で立ち止まった。
「私……キレイ?」
 3人は顔を突き合わせて、黙ったまま目で相談した。バンドエイドをつけた少年がおずおずと答えた。
「う、うん」
「ホントウに?」
「ウソなんてつかないよ」
 茶髪の少年が、そう返答する。
 すると女性は、耳にかかっていたマスクの紐を手にかけて外し、ニタリと笑って云った。
「これでもぉ?」
 その口は耳元まで裂けていて、下唇はべろんと垂れて赤黒い口内がグロテスクに見えていた。
「うわあああああっ!!」
 バンドエイドの少年と茶髪の少年は、女の顔を見て一目散に逃げた。そのときに突き飛ばされた丸メガネの少年は倒れ、そのまま腰を抜かしてしまった。
「あ……あ……あ……」
 尻をついたまま見上げて後ずさる少年を、女がじりじりと追う。

「うわっ」
 路地を曲がろうとして、突然戻ってきた少年たちにぶつかりそうになって昌は驚いた。振り向くと少年たちは、両手を上げて涙と涎を散らして喚きながら走っている。
「なんだありゃ」
 小さく笑いながら路地に入り「あれ、なんで子供たちは2人だけなんだろう?」と思った。前に向き直ると、背の高い女の前で残りの子供が尻もちをついていた。少年の怯えようと並々ならぬ雰囲気に、痴女だと思って昌は駆け出した。
「なにをしてるんだ!」
 昌は子供の前に立ちはだかり、腕を広げた。そして女の顔を見た途端、体に電流が走った。
「私……キレイ?」
 昌の背後で、少年がようやく腰を上げることができて逃げ去っていく。その声すら耳に届かず、昌は呆然としていた。
「私……キレイ?」
 女はもう一度云った。昌は目を見開いたまま返した。
「キレイだ……」
「え?」
 女が目を点にしてそう洩らした。
「キレイだ……こんなにキレイな人は見たことがない……」
 昌は、天使を見たとでもいうかのように爛々と目を輝かせながら笑った。
「俺は、昔っから口が裂けた人が好きだったんだ……。俺の『賢者モード化』フォルダのなかには『グラビア』や『メイド』や『JK』なんてのはもちろんあるが、それ以上の至高の存在として『口蓋裂』フォルダを挙げられるほど好きなんだ! ……愛しているんだ」
 その言葉を聞いて、女は目を潤ませた。
「私……キ……キレイ……?」
 それはとても弱々しい口調で、「私はキレイですか」という問いではなく、「あなたの云っていることはホントウなの?」という願望に近いものだった。
「いや、キレイじゃない」
 昌は云い切った。女の表情が曇り、悲しそうな色をたたえる。
「『キレイ』なんかじゃない……『美しい』だ!」
 感動のあまり女は涙を零していた。女と昌は抱き合った。温もりを感じながら、昌は幸福に満たされていた。

 チャペルの鐘が鳴り、新郎新婦の友人たちが入り口に集まっていた。ウェディングドレスに身を包んだ口裂け女が、昌の隣で微笑んでいる。
「おめでとう!」
「結婚、おめでとう!」
 祝福の声を聞きながら、2人はお互いに顔を向かい合わせる。昌が微笑みかけ、口裂け女が昌の瞳の奥をのぞく。口裂け女はブーケを空に向かって投げた。観衆がブーケに目を奪われている隙に、2人は抱き合ってキスをした。
 新郎新婦の後ろで、3人の少年たちが拍手をしたり指笛を吹いて祝っていた。夫婦のキスを見て、少し照れながら。


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