04話「白 - numbness」


 外へ出ると、海があった。
 本当に海かはわからない。遠くに陸地がないことしかわからない。見渡せる辺りは、海に囲まれていた。
 振り返ると、今までいたところが本当にただの倉庫だと知った。なんら変哲のない、カマボコのような円筒を半分にした形をしている。その背後に、研究所のような白い施設があった。
 正面から覗くと、「ESP研究所 放葉島支所」と錆びた看板がついていた。支所の読みまではわからない。見事に門まで錆びている。4階建てのようだ。
 建造物の右側面から裏手に回る。壁が続いているだけだ。いやに風が強い。左側面には螺旋階段がついている。正面から入るのは躊躇われて、足音を立てないように螺旋階段を上った。
 上がっていくと、次第に遠くが見渡せるようになった。より遠くまで陸地が見えないことがわかった。そして高くへ行くほど風が強く吹いていた。
 上りきると、屋上だった。やはり白いそこには、女のコが立っていた。髪が乱れるのも構わず遠方を眺めている。
 サチという名前だった気がする。白いワンピースと包帯が風になびいている。ふと病院にいるような錯覚を起こした。
「……大丈夫?」
 それがなにを意味するのか、声をかけた勝也にもわからなかった。そしてサチは反応を示さなかった。
 サチの視線の先を追うが、ただ空と海の境界線があるだけで他にはなにも見当たらない。
 ちらりと横顔を見る。その白面は、とてもこの場所に似つかわしく感じる。ボブカットの髪はたなびき、強い風が吹けば粉々に壊れて飛び散る彫刻のようだ。基本的に彫刻には髪はないが。
「あの」
 一際大きく声を上げた。ゆっくりとまばたきをした。しかしそれは彼の言葉に対してではなく、風で眼球が乾いたことによるものだったようだ。
 サチの目の前で手を振る。
 もっと叫ぶ。
 ノースリーブの肩に触れる。
 どれも徒労に終わった。
 彼女を押して立っている場所から動かしたりすればさすがに反応するかもしれないが、そこまでするのは可哀そうな気がした。
 左前方の眼下には、倉庫が見える。ぐるりと見回してみると、島であることがわかった。目立った建物はこの研究所と倉庫ぐらいで、後ろには森と山が、前には海が広がっていた。
 勝也は不穏な音を耳にして、周囲を見た。なにか鋸の歯を噛み合わせてギリギリと扱くような苦い音。変な装置でもあるのかと探してみるも、とくに見当たらない。傍らの女のコを見ると、手を伸ばしていた。
 音はサチの喉元から出ていて、首元のネックレスの宝石――まるでガラス細工のようだ――は赤く光っていた。そして彼女の手は右後ろにある屋上のドアに伸びている。
 ドアからは絵美が出てきた。
「どうかしら、具合は」
 勝也を見つけると絵美はそういった。絵美はTシャツを着てジーパンを穿いていた。そして愛おしそうにサチの手をつらまえた。するとサチの喉からの音はやんだ。
「彼女はね、上手に話すことを忘れてしまったの」
 絵美はサチを掻き抱く。すると猫のようにサチの喉からゴロゴロと音がした。
 サチのネックレスを絵美がいじると、赤い点滅はやんだ。
「急がなきゃ。あなた――小山内くんも余裕があるなら来て」
 開け放したままのドアに、返答も聞かずに絵美は走った。おいっ、と勝也はいったが、既に絵美とサチはドアの向こうにいなくなっていた。
 慌てて追ってドアを抜け、階段を下りる。建物のなかでは緊急のアラーム音がひっきりなしに鳴っている。4階の廊下に出ると、2人の姿を見つけた。勝也は必死にそれを追った。
 いくつかの階段と廊下を経て、絵美は1つのドアを開けて消えた。勝也もドアを抜けた。
 その部屋は機械だらけで、奥には大きなモニターがあった。
「来たか」
 モニターの前には博士が立っていた。



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