10話「帰還 - where he gets back」

 勝也は目を覚ました。
 そこは白い小部屋で、彼は白いベッドに横たわっていた。開かれた窓からは風が吹き込み、カーテンが揺れている。空は青く、天気はいいようだ。白い雲はのんきで、小学校の子供たちは元気に遊んでいることだろう。早く家に帰って、望遠鏡を覗きたい。
 ――どこから夢だったんだろう?
 とてもだるい。体中が痛い。バイトに行く途中にトラックに轢かれた後からだろうか。いや、それ以前かもしれない。そういえば轢かれたときの骨折を治療するギプスもない。酷い夢を見ていた。いやに疲れた。好きなものが傷つくのを目の当たりにするだとか、それを防がなければいけないとか、そんな重い荷物は肩に背負えない。平和なのが一番だ。
「あら、起きたのね。おはよう」
 病室のドアを開いて入ってきたのは、絵美だった。Tシャツにプリーツのスカートをはいている。
「けっこう長く寝てたから、疲れたでしょう」
 絵美はベッドの隣の丸椅子に腰をかける。痛みが増した気がした。
「まだケガは完治してないけど、じきによくなるから安心して」
 勝也は絵美の顔を見なかった。
「……いったいどうなってるんだ」
「あら。バスが爆発した後のこと、聞きたいの?」
 絵美は勘違いしたまま、窓縁に腕を置いて外を眺めた。
「今回は一般人の被害は、ほぼ皆無といえるわ。もちろんバスが暴走していたときに多少の接触はあっただろうし、その点については言及することは難しいけど。確認できた被害は、バスの運転手が足を複雑骨折したことと、小学校脇の池でバスが爆発しちゃったことかしら。バスの爆発は誰かがバスジャックして誤って池に飛び込んで爆発したことになってるわ」
 勝也は頭を抱えながら、やおら髪を掻きむしり始めた。節々が軋んだが無視する。
「お風呂に入ってないから痒いでしょ?」
 まるで勝也の神経を逆なでするように絵美は小さく笑った。
「おちょくってるのかい……?」
 絵美は小首を傾げる。ため息をついて勝也は緩慢に首を横に振った。
「運転手の骨折にはフラグメントをかけておいたし、然(しか)るべき場所で然るべき処置をしてもらってるから大丈夫」
「然るべき場所?」
 勝也は観念して訊ねた。
「ええ、病院よ」
「ここは病院じゃないのかい?」
 絵美は片眉を上げた。幾分か勝也の口調が戦闘時より和らいでいるのに気づいた。
「もちろん。ESP研究所、放葉島支所よ」
 錆色の看板が、勝也の脳裏に浮かぶ。
「戻ってきちゃったのか……」
「当然よ。あなたはパラフィリアンの一員として認定されたんだから」
「認定? ふざけないでくれよ……」
 ふざけてないわよ、と絵美はいって立ち上がった。
「もちろんあなたがパラフィリアンの一員として、ペドフィリアンとして私たちと戦っていくのが嫌だというのなら強制はしないわ。そのときは誰が傷つけられようと、あなたは指をくわえてみているだけになるけどね。たとえ子供が傷つけられようと、殺されようと」
 見上げた彼女の瞳は、挑戦するようにも嘲笑うようにも見えた。
「……まだどうするべきか判断がつかない。当然だろう? 子供が傷つけられるのは見たくないけど、キミや博士やサチがどういった人間で本当に信用できるのかわからないんだから」
 それもそうね、と絵美は肩をすくめる。
「じゃ早速、私たちが信用できる人間かどうかってのを確認しにいきましょう」
 そういいながらドアを指す。呆れながら身を起こすと、肌とカバーが直接すれる感覚に上半身が裸であることに気づいた。それを見ても絵美は恥らうどころか、さっさとしろと目で促した。ベッドの傍らを見るとTシャツがかけてあった。それを着ると2人は個室から出た。



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