11話「背景 - someone does something at somewhere」

 廊下の窓ガラスから外を見ると、3階であることがわかった。戦いに出る前に廊下を走ったときはゆっくり見る時間がなかったが、思った以上に殺風景だ。草木を越えて海がある。あとは空だけ。研究所内も白く長い廊下があるのみで、病院といわれれば信じただろうし、学校だと教えられれば疑わなかっただろう。
 聞こうか聞くまいか逡巡した挙句、口を開いた。
「あの女のコはどうなったんだい?」
「どっちの?」
「……どっち? どっちもこっちもないだろう」
 苛立つ勝也を見て、煽るような笑いを浮かべた。
「あなたは、もう2人の女の子を助けてるのよ」
 その笑いを、半ば呆けたように見ていた。実感が湧かない。当然だ、夢だと思っていたぐらいなんだから。
「最初に助けた女のコは、姓名も所在もわからないわ。あのときは救急車で病院に搬入される前にあなたを回収することが最優先だったから。2人めの女のコは、三田明乃(みたあけの)。小学二年生、8歳。あなたのおかげで無傷で済んだわ。事件後は定例通りに記憶を消して釈放」
「記憶を消してぇ?」
 ドアを開けると絵美は眉を上げて促した。訝しみながらも、勝也は室内に入った。
 そこはこの前にも来たコンピュータのある部屋だった。やはり博士はモニタの前でたくさんのキーを叩いている。
「博士は他人の記憶を操ることができるのよ」
 声に気づいて、博士が椅子をくるりと回して振り返る。
「これまでもマルチフォビアンたちは数々の事件を起こしてきたが、その尻拭いは必ず被害者たちの記憶を消すことに終わるんじゃ。あやつらは自らの尻をろくに拭けんらしゅうて、わしらが後始末をせにゃならん。先日のように派手に動き回れば人々の知るところとなるは必然じゃ。しからばインコンプリートの存在が明らかになるも必然じゃて。そうならばフラグメントの研究もおちおちしてられん。見世物になるのが関の山じゃ」
「お、おい。ちょっと待ってくれよ。なんだい、その……インなんたらとかフラなんたらってのは」
「インコンプリートとフラグメントよ。インコンプリートっていうのは、私やサチやあなたのこと。フラグメントという能力を使える人間の総称。私がバスの運転手の足を破壊したり、サチが翼をもつことができたり、あなたがバスを止めるほどの筋力を手に入れられる能力――それがフラグメントよ」
 勝也は理解をしようと頭を回転させるが、うまくいかずに言葉がくるくる行き来するだけだった。
「わけわかんない」
「どこがわからないのよ。こんなに親切に説明してるのに」
「なにがわからないのかすらわからない」
 匙を投げて絵美は掌をヒラヒラとさせた。
「マルチフォビアンたちはフラグメントを使って悪さをしとる。先日のペドフォビアンもそうじゃ。フラグメントに対応するには常人では無理じゃ。じゃからこちらも絵美やサチなどのパラフィリアンで応戦しとるわけじゃ」
「つまり一般人はそのフラグメントってヤツを使えないわけ?」
「ふむ、基本的にはそうじゃな。フラグメントはまだ研究過程じゃて解明されとらん未知の領域が多い。いったいどれくらい種類があるのかも見当がついとらん」
「今わかってる……えっと」
「フラグメント」
 絵美が助け舟を出す。
「ありがとう。そのフラグメントで、今わかってるものはどんなのがあるんだい?」
「まずは基本的なフラグメントじゃな。これは念力のようなもので、インコンプリートなら誰しも使えるもんじゃ。じゃがサチの翼のような能力は他人が真似することはできん。それにどうも1人には念力ともう1つなにか別の能力をもつようじゃ。サチならば翼、絵美ならば感応、お主なら肉体強化というふうにな」



第10話←[TOP]思いは走れど、筆は走らず。倒錯偏愛パラフィリアン→第12話

inserted by FC2 system