12話「変容 - when it occurs」

「感応? 肉体強化?」
 勝也は絵美を見た。
「絵美の感応という能力は、他人からは見えにくいものなんじゃよ。絵美は念力を与える際に、多少ならば感情を操作することもできる。逆もしかりじゃ」
「逆ってのは?」
「お主も見たじゃろう、戦いの最中に絵美が足を折ったことじゃ。あれはバスの運転手にフラグメントを使おうとして、それが反動として絵美に返ってきたからなんじゃ」
 絵美は顔を背けた。少し耳が赤い気がする。
「ただしこれは絵美だけに限らずサチでもお主でもペドフィリアンでも怒り得ることじゃ。じゃからフラグメントは濫用するべきではない、というのがわしの持論じゃ。まあ、絵美の能力は他の者よりも相手の感情を操作できる確率が高く、感応を受ける確率も高い。お主らよりもその才に長けとるわけじゃな」
「ふうん、じゃあのサチってコの翼もフラグメントなんだ」
「そうじゃな。厳密には翼が、ではないがの。サチのは『肉体変容』じゃ。そもそも肩甲骨は翼の名残りじゃともいわれるが、いわばサチはその時代を逆流させて肩に翼を生えさせたわけじゃ。別に肩でなくとも翼でなくともいい。サチが強く望めば変容するんじゃ」
 翼の生えたサチを想起する。あのときの彼女はたしかに天使のようだったが、それは翼があったからで、表情はあいかわらず読み取れなかった。それに足が背中に食い込んだ。
「サチの足が変化したのもフラグメントかい?」
「ああ、そうじゃろうな。あやつは少し情緒が不安定じゃて、イメージするときに翼だけじゃなくもっと確固な『鳥』という概念を想像したんじゃろう。こればっかりは本人に聞かんとわからんが、聞いたとてわかる保証はないじゃろうがの」
「あのコは精神障害なのよ。体のほうに問題はないんだけどね」
「随分な物言いだなあ」
「こんなところで遠慮してても意味ないじゃない」
 絵美の視線が鋭くなった。
「たしかにこの研究所でインコンプリートの体を検査してはみたが、健常者との差異はこれといってみつからん。お主の体も、異常はないぞい」
「……事故の後に? ケガも治して?」
「ふむ、『事故』というのをお主が最初にここに運ばれるきっかけとなった事故のことなら、たしかにそのとき検査をしたし治療もした。じゃがペドフォビアンと戦った後もお主は満身創痍じゃったからの。検査も治療もしたぞい」
 勝也は戦いのことを思い出そうとしたが、やたらと興奮していたことしかほとんどわからない。
「どんなケガしてたっけ?」
「そんなことも憶えてないの?」
 絵美が嘲笑した。
「まず顕著だったのが背中の傷じゃな。サチの鳥の足で掴まれていたからもともと傷はあったんじゃが、お主がサチから離れるためにサチにそう伝えんとむりやり引き剥がしたから、サチの爪に背中の肉がごっそり千切られてしまったんじゃ。戦闘中じゃからアドレナリンが出とったのかしらんが、痛みは尋常ではないじゃろうし放置しておれば失血死する可能性もあったんじゃぞ」
「痛覚の神経がないんじゃないの」
 博士は笑い、絵美は腕を組んで憮然としている。
「背中の傷は局所的なもっじゃったが、全体的に筋肉の崩壊が起こっておった。これはお主がバスを止めるためにフラグメントを使って筋肉を激化させたことが原因じゃろう。お主のフラグメントは筋肉を激化させることのようじゃから、筋肉痛のやたらめったら酷い版とでも思えばいい」
 たしかに動くだけで体は痛いしだるい。体全体というのは程度が過ぎるが筋肉痛といえなくもない。
「お主がフラグメントを頻発すれば体の崩壊も激化するじゃろう。じゃからフラグメントは濫用すべきではない。じゃがのう、ここは研究所じゃてフラグメントを使ってもらわにゃ研究にならん。そこが悩みどころじゃ」
 博士は立ち上がるとドアから出た。勝也と絵美もそれに従う。
「お主がバスを追う間中ずっとサチの爪で背中を穿たれておったわけじゃが、絵美はそれを感応によって痛みを緩和させておったわけじゃ」
「少し違うわね。緩和じゃなくて除去よ」
 ヒョホッ、と博士が笑う。この痛々しい会話の内容でふざけていられる2人が不思議だ。
「しかし今回は勝也と絵美の大活躍じゃったの。勝也の防衛の力に絵美の補佐能力が加わって巧く機能しおった。案外お主らはいいコンビかもしれんの、フヒョヒョ」
 勝也は隣の女のコを見遣るが、なにを馬鹿馬鹿しいことを、とでもいいたげな顔をしていた。
「ところでさ、人の記憶を消せる博士の能力って」
「ああ、そうじゃな。わしもパラフィリアンの一味じゃて、僅かじゃが使えるぞい。とはいえ長期記憶や対象人物に関与する記憶は消しにくいがの」
「というと?」
「その人物が深く憶えている事柄やアイデンティティの形成にかかわっている物事の記憶は変容させにくいということじゃ」
「……ぜんぜんわからない」
「あなたが幼女好きになった理由に関する記憶は消せないってことよ。人格や性格に繋がる記憶は、その人の人格を崩壊することになる。博士の能力もそこまではできないってこと」
 その『幼女好き』という短絡的な物言いに睨みつけるが、絵美は肩をすくめるだけだ。
「多くの人間の浅い記憶を操るよりも、1人の人間の深い記憶を操るほうがずっと難しいんじゃ。足し算を1億回するのと、P≠NP問題を解決するのとでは難度が違うわい、ホヒッ。それと簡単にならば偽りの記憶を植えつけることもできるぞい。今回はバスジャックが誤って池にバスを突っ込ませて爆発じゃとかな。記憶を改竄したことによる誤謬は少なからずあるが、しかたのないことじゃて」
 3人が着いたのは1階の食堂たった。



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