16話「都市伝説 - urban legend」

 モニターの前で、博士はイヤフォンをつけてキーボードを叩いていた。イヤフォンからは警察の無線が流れている。
『葦束町(あしたばちょう)の路上にて傷害事件発生! 被害者は胸部を深く刺されており、現在、町民の通報により救急車が現場に向かっている。犯人は刃物をもって逃走したものと見られている。現場に近い車輌は現場へ急行し……』
 キーを打つ速度が一瞬増した。モニターに路上が映し出される。すでに警察は到着していて、野次馬が現場を荒らさないように規制している。おそらくさっきの無線は、現場に向かえという単純な命令ではなく、付近を調べて犯人を捜せということなのだろう。
 機械的な音が速度を増した。

 ひげの男は住宅街に身を移していた。なにもないところで躓(つまづ)いてはよろめき、誰に向けるでもなく笑い、躓いてはよろめきを繰り返していた。
 子連れの女性がそれを見て避けた。男のシャツの赤い染みはプリントと見なしたようで、特に気にしていない。
「臭いよ?」
 息子の質問に彼女は答えずに去ろうとしたが、男は耳がよかったらしくギロリと振り向いた。近づいてくる男を見て、母親は日本的な処世術――さっさと逃げればいいものを、誰かが見ているかもしれないという恐怖心から、とりあえず謝っておく――で対応しようとした。
「すいません、この子がバカなことをいってしまって……」
 想定では「謝るほどのことじゃ……」といって終わるはずだったが、彼女の言葉への応酬は男の一閃で20世紀の都市伝説を再現することだった。
 彼女はなにが起こったのかわからず、息子を見た。少年は悲鳴を上げて走って逃げた。やけに涎が出ると手を口元にやると、指先が赤く染まった。子供の去った方を見ては手を見、男の手を見て気づいた。そして彼女は泣き崩れた。
 男はナイフをカシャンと折りたたんで明朗にいった。
「口裂け女のかんせ〜いっ! てか」



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