19話「赴く - go to battle」

 絵美は映像に冷静な視線を向け、サチは興味がなさそうにモニター脇の一点を見つめ、勝也は目を背けていた。
「この少女を含め、女性2人に命の別状はない。多少の出血やパニックがあるにはあるがの」
 絵美が腕を組んで壁にもたれたまま口を開く。
「それで? この無差別傷害犯が今回の私たちの敵ってこと?」
「間接的にはの」
 別のキーを打つと、画面が再度変わる。
 ビルの上に男が雲を背景に立っている。それは頬に傷のあるペドフォビアンだった。
「これはさっき見つけたんじゃがの。人物を操作するならば、見晴らしのいい場所に限る。ある程度は見えなければその対象の人物や周囲の状況がつかみにくいからじゃ」
 先程の博士の操作の通りに、画面が変化して葦束町の一角の簡略地図が表示される。今、博士がキーに触れていないところを見ると、博士がペドフォビアンを見つけたときの様子(地図を表示したり、ペドフォビアンをカメラで追ったりしたすべての挙動)を録画していたようだ。
「先日ペドフォビアンが狙った小学校はすぐ隣の区画じゃ。ペドフォビアンは小学校を狙っておる。そして小学校の位置を大体は把握しておるが、そこに至るまでの道の詳細は知らん。じゃからこのひげの男は困惑していたんじゃ。そう考えれば合点できるぞい」
「ペドフォビアンは?」
「通例のように、すでに別の場所に移動しておる。転送を利用しておるのか、やはり後は追えなんだ。こちらの追跡を巻くのは上手いわい」
「それで、そのひげの行き先は?」
「うむ、ヤツらはまだ諦めておらんと見受ける――小学校じゃ」
 勝也は手を額に当てた。奥歯がギリギリと軋む。博士が勝也を一瞥すると、絵美がいう。
「とすると目的は小学校――ひいては小学生たちであって、無差別暴行っていうのはフェイクね。ペドフォビアンのない脳を使ったにしてはマシな案じゃない」
「早合点はよくないぞい」
「わかってるわよ。にしても、フェイクのために女子供の区別なく傷つけるなんて許せないわね」
 半ば諦めたように博士はため息をついた。
「まだ死者が出てないのが救いね。とはいえまだ小学校を狙うだなんて、なにか深い怨みでもあるのかしら」
「考察もいいが、早くせんと犯人は逃げてしまうぞい」
 はいはい、といいながら絵美は転送機の部屋へ向かった。彼女の消えたドアの傍に立ち、博士は勝也を見た。勝也は目を開けると、博士の瞳を睨んでその奥を読み取ろうとして、そして歩を進めた。
「これは俺の意志だ」
 擦れ違い様に勝也がいう。博士は「無論じゃ」と笑った。
 勝也が転送室に入ると、すでに絵美は転送機に入っていた。ようやく勝也は絵美がスカートにはき替えていることに気づいた。
『今回は2人を別々の場所に転送するぞい。絵美はひげの男を食い止めてもらい、勝也は小学校の傍で有事に備えておいてもらうぞい』
「了解」
 絵美が勝也を一瞥すると、白い霧に包まれて消えていった。完全に消えたのを確認すると、勝也も転送機に入る。
『絵美はすでにひげの男が操り人形であることを決めてかかっておるが、お主はそう早合点するでないぞ。お主が後ろ盾なんじゃから、失敗すれば小学校は……』
 スピーカーからフヒョッ、と洩れ聞こえるのを聞きながら、勝也は気を引き締めた。
(これは俺の意志だ……)
 次第に視界は、霧に包まれていった。



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