21話「報復と罠 - revenging but trapped」

 間隔は広いが、血の跡が続いている。それを追う。
 いくつか角を曲がると、ゆらゆらとよろめく後姿があった。その右手には赤いナイフが握られている。
「止まりなさい」
 絵美の声に反応して、男が振り向く。その顔には無精ひげがはえていて、正しく無差別傷害の犯人だった。男は首を傾げて絵美の顔を見る。
「どうして無差別に人を傷つけるの?」
 男はにへらにへら笑うだけで答えない。ペドフォビアンはこの男を、自動的に小学校に向かうだけの木偶(でく)人形にしたてあげたのかもしれない。ということは、その間にペドフォビアン自身は別の行動をしているということになる。
 男はゆっくりと一歩二歩と近寄る。自分の思案に夢中になっている絵美に腹が立ったのか、ひげの男は「ガアアァァッ!」と唸って襲いかかった。
 絵美はそれをひらりとかわした。ポニーテールの軌道すらナイフに触れず、髪の毛一本も切られなかった。
「よっ」
 男の足をサッと払う。ひげの男は支えをなくして、顔面からアスファルトに突っ込む。手をついたようだが、ナイフを持っていたりして無様に倒れる。
 その手を蹴って、ナイフは路上を滑った。男はうめいて鼻血を出しながら、苦い顔をしている。
「あんたが顔を蹴った女の子のお返しよ」
 男の顔を蹴飛ばす。放物線を描いて、建物の壁に高等部をぶつけて地面に仰向けになると、男は気を失ったのか動かなくなった。
 ふぅ、と絵美は息をついた。いやに手応えがなかった。ペドフォビアンはこちらの力量を見誤って、こんな弱い木偶人形を贈りつけたんだろうか? 白目を剥くひげの男の顔を見て、絵美はケータイを取り出した。

『こっちは終わったわよ』
 勝也は小学校の周囲を見張っていたが、ケータイから聞こえた絵美の声に耳を傾けた。
『ふむ、後はペドフォビアンだけじゃが……絵美、そっちにはおらんか?』
『たぶんね。こっちにいたら、こんなヤツ操る意味がないもの』
 こちらを混乱させて戸惑わせるだけのイタズラだったのかもしれない、そう思う勝也の背後に白い霧が漂っていた。
『そっちはどうじゃ? 勝也』
 辺りを見渡そうとしていた勝也の首に、霧から伸びてきた腕が絡まった。
「つーっかまえた」
 突然現れた腕に首を絞められ、勝也は驚きの声すら上げられなかった。腕を引き剥がそうと爪を立てるが、笑い声が洩れ聞こえてきた。
「クックックッ。そんなんじゃチョークは外せないぜ?」
 勝也はその男の顔を見た――それは頬に傷のあるペドフォビアンのものだった。その強い力に引き込まれて、勝也は霧のなかに消えた。
 路上には、勝也のケータイだけが落ちていた。
『勝也、おい、どうしたんじゃ?』
『勝也? ねえ、勝也? どうしたのよ!』
 霧が消えていくなか、ケータイから洩れる音声だけが響いていた。



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