22話「古き戦場 - dead apartment complex」

 白い光が勝也を包んでいる。ペドフォビアンの姿は見えない。それどころか自分の体すら見えないのだ。
 昔、視界のなかに鼻先が必ず映っているという事実を誰かに聞いたことがあった。そのとき以来、ときおり自分の鼻先を見ては「絶対に鼻先が視界に入っている」という事実が脳裏から離れないことがあった。
 しかし今、視界にはなにもない。白だけだ。いや、白とはなにかが「ある」状態なんだろうか? 白しかない場合、白はあるんだろうか? ありふれた空気が「ない」と感じられるように……
 そんなことを考えていると、霧が晴れてきた。辺りは灰色で、色味がない。白い霧と同じような空間に飛んできたのかと思ったが、灰色はコンクリートと曇天だった。
 見渡すが、崩れかかった建物と空しか見当たらない。建物は風化しているのかヒビが所々入っては瓦礫が地面に落ちている。いくつか棟があり、2棟ずつが向かい合っている。その2棟は通路で繋がれていて――古い団地のようだ。
 足元は歩道か車道かはわからないが道があり、前方と後方のどちらにもコンクリートのかけらが飛び散っている。
 人の影はない。無論、ペドフォビアンの姿も。あいつとは別の場所に飛ばされたんだろうか?
 そのときふいに横腹が痛くなった。横断歩道が赤に変わりそうで慌てて走った後のように、キュッと縮まるような痛み。動悸がはやる。
 次第に痛みは大きくなっていく。臓器を握られているかのようにキリキリと音が脳に響いている。勝也は膝をついた。
 うずくまっていると、痛みが引いていく。それはまるで嵐のようで、来たときと同様に予兆を見せずに去っていった。
 肩で息をして、汗を拭う。
「どうだ、痛いか!」
 遠くから声が響く。頭を上げて辺りを見渡す。しかし路上には姿はない。
「それがオレの力だ!」
 2度めの声を頼りに方向を確認すると、いた。団地の屋上にペドフォビアンが立っている。
「さあ、負けたくないなら来るんだな!」
 ペフォフォビアンはそう叫ぶと、走って消えてしまった。
 なんとかと煙は高いところが好きだというが、そのなんとかというヤツを初めて目の当たりにしたと勝也は思った。
 挑発に乗るのは癪だが、勝也の能力は肉弾戦であり、近づかなければどうすることもできない。相手は遠距離攻撃をするようだし、今回は絵美どころかサチの助けを借りることもできないらしい。不利は承知の上で立ち向かうしかないようだ。
 勝也は立ち上がり、空のなかに聳える棟に歩き出した。



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