詩集 戯言(きげん/たわごと)はいかがですか





金木犀 香る一陣 浴びながら
昭和の翳を 帯び背負い
今は窓際で ソナチネを。

金輪際 会わぬと唸った 暗いひと
泣かぬと誓った 馬鹿なひと
今際の床臥す 垂乳寝を。



当たり前のこと

当たり前のことをいいます 人は死にます
空が青いね と決まり切ったことをいいました
大地がある 呼吸ができる 鳥が鳴いている 陽が注ぐ
人間は考え 歩き 笑い 過ぎ去り 生きています
だのに考え 歩き 笑い 過ぎ去り 消えていきます
隣にいました 話していました 呼吸が聞こえました
風は優しく 時は明るく 道は開け 空間は輝き
犬は恭しく 猫は陽を浴び 虫は舞い 草は安堵に乗り
声は散歩し 騒音は踊り 曲は腕を広げ 音は身を委ね
香はいざよい 体臭は伝え 夕餉はかんばしく 花は世を旅し
書は語り 食器は歌い ペンは論い 寝具は体をなぜ
足音は厳かに 辛味は含み笑いし 色は見つめ 頬はすべらかに
怒気は包み 慕情は貫き 悲哀は猛々しく 欣喜は怠惰に寝
抱擁は静謐に 笑顔に変わりはなく 繋ぐ手は色彩なく
星は回り輝き 宇宙は育み 世界は許し 神は横たわり
物質は安定し 抽象は互いに腕を組み 精神は限りに叫び 事物は見守り
時代は流れ 今は過去に流れ 未来が既視と変じ 歴史は滔々と
価値は移ろい 時計は刻み 概念は佇み 机で俯き
黒が意味を為し 思いは集い 煙は流れ 生ける者が立ち尽くし
変化は消え 笑顔が残り 産出は不可能となり そして独り
空は青く 大地があり 陽は注ぎ 生きています
だのに考え 立ち止まり 過ぎ去り 呼吸しています
当たり前のことをいいます 人は死にます 僕は生きます ごめんなさい ごめんなさい



戻れない

僕はもうキミを好きになれない。
罪人の咎なきに戻れないように
重力の林檎を落とすように
覚醒剤の人をじわりと殺していくように
燃え尽きた手足の二度と癒えないように
整形の傷痕の取り返せないように
金の味を知りし者の引けないように
かっぱえびせんの止まらないように
綺羅めく蝶の毛虫になれないように
行き着くところまで来てしまったから。



信じてください

まず心を落ち着かせてください
 いからぬように 激さぬように
次にわたしを信じてください
 それは大切なことです 人にとってあなたにとって
生きてください
 人を傷つけてでも 苦しみにさえ価値はあります
でも殺さないでください
 罰を受けてはなりません 傷つかないでください
世界を見てください
 見つめてください あなたはすべてを知っているのではありません
自分を受け入れてください
 罪深くても 難しくても
人を慈しんでください
 世界はあなたのために あなたは誰かのために
拒まないでください
 時は拒みません わたしはあなたを拒みません
穏やかに笑ってください
 幸せになってください 不幸にならないでください
だから
お金を貸してください むしろそのままください
 私を信じてください 騙されながら許してください



或る死

墨色を漂わせる街は密やかに命を削りかけてくる
適応という頷きに交えた押し殺し 切々と
出る杭は打たれる 心臓を狙って
言葉は伝わらないのである 人はみな生まれながらに耳をもたない
興味本位や悪意という刃が執拗に狙ってくるから割礼として殺ぎ落とすのだ
悩みを打ち明けても態度で表せといさめられる 挙句電気椅子
人は生きていてはなりません 害悪ですので
ここに生き証人がほら もうすぐ役目を終えますが
the innocent can never last とはよくいったものと存じます
この身の意味はかそけくて往来の袖摺り合うに笑い返す程しか
害悪です 人にとって獣にとって鳥にとって蟲にとって木にとって命にとって
だから殺せというのがこの星の倫理だ 唯一の真理を孕み肥った種
種によって種を滅すという象徴 この笑いとは押し潰すほどのアイロニー
目に見えねども緩やかな陸に風が吹いただけ 砂煙の舞っただけ
それが死 期待にも絶望にも及ばない どこかで雫の滴るのみ
なにものをも超えぬ肥えた肉芥 踊る腐乱に臭いの舞う
自然の一環としての人工 神の掌という巌細工
押し並べて蜃気楼なのだ さあ今こそ隔絶のひと押しを





世界のたなごころが広大さと 血にまみれた頃に掴んでいた数多の可能性
小さな宇宙が失っていった未来の数と 生まれて来し方得た展開性
生きるほどに失っていく 古人はありのままにといったけれど
僕の人生は復讐と題打つことにしよう
地に伏し涙に暮れ心を宙に浮かべてしまった人を慈しみ
摂氏と透明性を失った世界を暖かく守り
僕らを細目で眺める生けるものを育もう
ありのままとは僕のいないこと
顕示欲が殺すのは物質でも精神でもなく自我
指向性こそが人の価値と ほざき わめいていこう
そして最後に間違っていたと思い知って屈辱に死のう
これが僕の題



カラメル

プリンのカラメルが好きです でもカラメルではなかったようです
カスタードの大半はプレリュードにして理性を知らず
カラメルは到達域でありカタストロフィの超越者
目指す場所は甘くして 然るべきのなんたるかを知らなかったようです
これからはプリンを口にするのもおこがましくなったようです



結局

結局 ぼくらは勝ちたがる
なにも抱えていない者こそが人を踏み躙りたがる
足は拳よりも重いからこそ 見下す眺めが暗いからこそ
言葉の不自由を知らない者が語りたがる
多くを語ればこそ煩雑に 興を殺ぐ飽きた顔を見るのに
足し算だけはできる者が結局という
人の先へ回ろう回ろうと 正不正など構いもせずに
結局 ぼくらはすべてが愚か
生きてるだけですべて負け




レス返し[TOP]思いは走れど、筆は走らず。新都社

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